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映画『シン・ゴジラ』と東宝宣伝マンの矜持

公開前の情報の少なさと、公開後に世を席巻した圧倒的な熱量と拡散力。この夏、社会現象ともなった『シン・ゴジラ』の宣伝活動は、どんな発想で進められてきたのか?作品の類稀なる個性とヒットの宿命との狭間、その最前線で格闘した若きチームに話を聞いた。※このコンテンツは2016年に公開されたものです。

第2章:セオリーが通じない!『シン・ゴジラ』宣伝の葛藤

12年ぶりの東宝ゴジラ作品としてヒットを宿命づけられた中で、宣伝にも関わった庵野秀明総監督のコンセプトは型破り。そのとき彼らはどう動いたか?

——『シン・ゴジラ』を担当することになったときはどんな気持ちでしたか?

稲垣 僕は生まれて初めて観た映画が1984年公開の『ゴジラ』。当時は新宿に住んでいて、自分の家の周りが壊されるのがとても怖かったのをよく覚えています。だから、ハリウッド版のゴジラを担当したときも「あのゴジラを自分が担当するのか」とわくわくしました。また、自社が生んだ偉大なキャラクターであるゴジラについては、社内の反応もダイレクト。そんな作品を手掛けるということで、プレッシャーと同時に面白さも感じました。だから『シン・ゴジラ』の話があったときも、「またやれるんだ」とうれしかった。結果的には、ハリウッド版とは全く違う仕事になったんですけどね。

——どう違ったかは後で詳しく聞きましょう。他のお2人はどう?

大竹 実は僕も映画館で初めて観た映画は『ゴジラvsビオランテ』。でも当時5歳の子供には作品の内容が深すぎて何だかよくわからず、その後のシリーズは観ていなくて…。ただ、1954年版のゴジラは、大人になってからわざわざブルーレイを手に入れたくらい特別な作品なんです。

——『シン・ゴジラ』は1954年版ゴジラを強く意識しているんだよね。台本の表紙も、1954年版のゴジラに「シン」の文字を足したもの。

大竹 1954年版のゴジラは、『シン・ゴジラ』の庵野秀明総監督も「最初にして最高傑作」と言っていますし、その血を受け継ぐ作品を庵野総監督が撮るなら絶対に面白いと思いました。それに、直前に『進撃の巨人』で一緒に仕事をしたプロデューサーが『シン・ゴジラ』も担当していて、今までのゴジラとは違う新しい要素があるとこっそり聞いていたんです。その後、自分が担当することになり、「あれをやるのか!さあ(宣伝で)何ができるかな?」と思ってました。日本で作る12年ぶりのゴジラで、まさに東宝が本気を出さなければならない作品を、よくこんな若造達に任せるなとは思いましたが!(笑)

小宮 僕が担当を告げられたのは2015年の9月頃でしたが、たまたま体が空いていたからじゃないかな(笑)。実はゴジラは1954年版を観ただけでとくに思い入れもなかったんです。しかし、好き嫌いで仕事の仕方を変えるのはプロフェッショナルじゃない。担当するからには、と改めて1954年版を見直したり、いろいろ調べたりしましたよ。

大竹 でもエヴァンゲリオンは好きでしょ?

小宮 そうですね。最初はゴジラというよりも「あの庵野さんと仕事ができる!」という嬉しさが大きかったです。

——ということは、どこかでゴジラそのものが面白くなっていったわけだ。どこで面白いと思い始めたのか、そのターニングポイントは?

小宮 春先に東宝スタジオでラッシュフィルム(未完成版の映画)を観たときですね。ゴジラをベースに庵野総監督のテイストもたっぷり入っていて、「これは面白い!」と直感的に感じたんです。台本を見たときは「これをどう2時間にまとめるんだろう?」と思ったのですが、「こうなるのか!」とずっしり来るものがありました。

大竹 そうそう。撮影現場にいても、何台ものカメラで撮影していたり、iPhoneで撮っていたりもして、今までの撮影現場とは全然違うものを感じていたんですけど、ラッシュを見て「こう落とし込んだんだ!凄い!」と思いました。膨大な台本を2時間に収めるため、早口でセリフを重ね、カット割りを多くして飽きさせない。近年の映画にはないことで、面白いと思うと同時に「これは宣伝にも使える」と。

稲垣 ゴジラが途中で「形態変化」することや、口以外からも熱線が出ることは、ゴジラ好きにとっては衝撃なんです。誰も思いつかなかった「発明」であり、庵野総監督は本当に天才だなと思いました。しかし、同じく衝撃を受けたのが、庵野総監督自らが作った最初のチラシと予告編だったんです。

——いよいよハリウッド版ゴジラとは全く違う『シン・ゴジラ』の宣伝の話になってきましたね。どう衝撃だったんでしょう。

稲垣  通常、予告編というのは予告編ディレクターと宣伝プロデューサーが相談しながら作るんですが、今回は宣伝コンセプトも庵野総監督が担当。12年間休んでいた日本のゴジラを、もう一度国民的キャラクターにするためにと、新しい力を取り入れることになったんです。そうやって庵野総監督が最初に作った特報(30秒の予告編)には、ゴジラが全く出てこなかった。

大竹 予告編が流れたときは、劇場もざわっとしましたよね。

稲垣 チラシにも、ゴジラの頭と、文字は「ニッポン対ゴジラ」とあるだけ。普通チラシには「こんな豪華キャストが出演している」とか「原作は何百万部のベストセラー」とか、情報をたくさん載せるものなんですけどね。4月に完成したポスターも、ゴジラの絵だけで何も説明していない。とにかく情報を出さないという方針だったんです。まさに「エヴァンゲリオン方式」ともいうべき庵野総監督流のやり方。東宝としては過去に例のない方法で、会社としてどれだけそのコンセプトを守り切れるだろうか?とも思いましたが、担当者としては逆に面白かったです。「今までにない宣伝ができる」と。

——いつものように情報を出したくなってしまうところを、どう我慢できるかが問われていたわけだね。そんな中で、どういう切り口で宣伝していったんですか?

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稲垣 話の内容が出せない中でどうするかと考えると、キャラクターを出すしかない。とにかくゴジラというキャラクターを露出させ、「新しいゴジラ映画をやるんだ」ということが伝わるようにと考えました。その結果がさまざまなタイアップ。パルコのビルの壁面にゴジラを出現させたり、スターフライヤー(航空会社)とコラボして『シン・ゴジラジェット』を飛ばしたり。

大竹 タイアップは『進撃の巨人』のときにもかなりやっていたので、そのときのノウハウを相当活用することができたんですよね。

——なるほど。そうやって過去に培ったつながりを活かしていくわけだ。

小宮 過去にパブリシティで作り上げてきた媒体とのつながりも活かせたと思います。ゴジラって、番組の方々にもファンが多いんですよ。「あのときのゴジラが…」なんて話で1時間立ち話できるくらい。そういった雑談の中から企画を考えたりもしました。

稲垣 内容を明かせない中でタイアップ先にどう協力をいただくのかというと、ビジュアルを見せて「今回のゴジラはこんな感じです」と伝えていくわけですが、そのときに使うのが、メイキング(映画の撮影風景を撮った映像)を中心に構成したプロモーション映像です。たとえば庵野総監督が自ら芝居をつけている現場の映像や、製作陣のインタビューなどを織り交ぜて、ストーリーは明かさずとも、「こんなすごい映画を作っている」と観る方に伝える手法です。

——しかしパブリシティ担当者としては大変だったでしょう。

大竹 本当に不安でしたね。ゴジラというキャラクターで売っていくといっても、その方法はキャラクターに興味を持ってもらわないと意味がない。ゴジラというキャラクターは、認知はされているけれど興味のある人は限られている。客層のターゲットを広げるならエヴァンゲリオンファンの間で広げるしかないけれど、内容がついてこないと観たい気持ちも薄まってしまうんじゃないか、と。とくに紙媒体は内容を出したいですからね。稲垣さんとは顔を合わせればほぼケンカでした。「どこまで内容出していいの?」「いつ?」「もう出しちゃうよ!」って(笑)。

稲垣 僕も紙パブリシティの経験があるから、その時期に情報を出せないことがどれだけ無茶なことかはよく分かっていたんですけどね。

小宮 テレビでも、内容を出せない中で何とか企画をと考え抜いて、その中で出てきたのが、イベントやタイアップの様子を特集してもらうというアイデア。ちょうど青森県田舎館村で毎年恒例の「田んぼアート」が、今年の図柄をゴジラにしてくれたので、それを特集してもらったりしました。ほかには「フルCGのゴジラにモーションキャプチャーで人の動きというアナログを取り入れて動かしている」という切り口で企画をご相談したりしましたね。準備しておいたけどボツになった企画は数知れずでした……。

——僕などはその状況を、「こうやって飢餓感をあおって、観たい気持ちにさせているんです」と周りに説明していたんですが、みんなが観たがっているという手ごたえはあったんですか?

稲垣 正直、手応えと不安と半々でしたね。

大竹 マスコミの皆さんの飢餓感はすごかったですけどね。その先にいるお客さんがどうだったのかは正確に把握できませんでした。

稲垣 結局、公開直前の7月19日に品川で完成報告会見を行い、ここではじめて庵野総監督にマスコミの前で内容を語ってもらったのがスポーツ新聞に大きく取り上げられ、一気に潮目が変わりました。

小宮 通常であれば、完成披露試写会をやるのは公開より1カ月前頃。それからメディアでの露出が増えていき、1カ月かけて盛り上げて初日を迎えるというのがセオリー。公開の10日前だなんて型破りもいいところですよね。そこからはたたみかけるように、25日には新宿東宝ビルの前の道を『ゴジラロード』と命名し、今回のゴジラの身長と同じ118.5mのレッドカーペットを敷いてワールドプレミアを実施、翌日には大阪・道頓堀でもイベントをやって、一気に盛り上がってそのまま初日に突入したという感じでした。

大竹 連日のイベント開催なんて普通の映画ではあり得ない。日程を詰めてやっても、後のほうのイベントはもうメディアは取り上げてくれないものなんです。でも、今回は道頓堀のイベントもちゃんとメディアに出してもらえました。

小宮 その他にも、Jリーグの川崎フロンターレさんとのタイアップで、ピッチにゴジラの足型の芝生アートを描いて頂いたり、試合開始前に主演の長谷川博己さんに始球式をして頂いたりしました。加えて、川崎の選手がゴールを決めた際にゴジラポーズをやってくださって、非常に盛り上がったんですが、これがサッカー番組に取り上げられたんです。スポーツ番組で映画の告知ができるなんて普通はないことで、こういった変化球の露出も良かったと思います。

大竹 とにかく、できることは全部やっておく。「人事は尽くした!」という感じでしたね。

——制限だらけの中でも、とにかくできることをやっておくことに意義がある、と。

稲垣 「映画の内容を明かさない」ということは、一見「何もやらなくていい」と思われるかもしれませんが、先程のタイアップも含め、実際はできる限りのことをやっていた。東宝には、大手映画会社として、「やるからには売らなければならない」という使命感があります。今回もその思いだけは忘れたことはないし、そのために考え得る限りの方法を考え抜いた。それがあってこそのこの大ヒットだったと思っています。

大竹 今回は公開後のメディアからの問い合わせがすごかったんですが、それも、とにかく「今回のゴジラはちょっと違うらしい」という種を公開前にまいておいたからこそですよね。

稲垣 とにかくこんなに周りから「観たよ」と言われた映画は初めて。普通は、公開初日を盛り上がりのピークに設定して宣伝活動を行うんですが、『シン・ゴジラ』の場合は公開後も、大きな話題となった「発声可能上映」などイベントを数多く実施しました。今もまだまだ宣伝の仕事が続いています。

小宮 公開前にあれこれ考えて仕込んだメディア露出よりも、公開後に問い合わせがあってテレビに出た件数の方が多かったかもしれません。